名古屋地方裁判所 平成7年(タ)167号 判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 花井増實
被告 Y
右訴訟代理人弁護士 深井靖博
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求等
一 請求の趣旨
1 原告と被告とを離婚する。
2 原被告間の長男A(平成○年○月○日生)及び長女B(平成○年○月○日生)の親権者をいずれも原告と定める。
3 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事実関係
一 事案の概要
原告は日本人男性、被告はアメリカ人女性であり、原告と被告は、平成四年九月二九日、名古屋市において、婚姻の届出をした夫婦であって、両者の間には長男A(平成○年○月○日生。以下「長男」という。)及び長女B(平成○年○月○日生。以下「長女」という。なお、以下では長男と長女を合わせて「二子」という。)がある。
原被告は、婚姻後、愛知県で生活していたが、被告は、平成七年五月一日、原告に無断で二子を連れて被告肩書住所地の被告の実家に帰った。
被告は、アメリカ合衆国オレゴン州マリオン郡巡回裁判所(以下「米国裁判所」という。)に、原告との離婚及び二子の親権者を被告と指定する旨を求める訴訟(以下「米国訴訟」という。)を提起して勝訴し、平成一〇年三月二四日、右判決は確定した(以下「米国確定判決」という。)。
本件において、原告は、被告の悪意による原告の遺棄及び婚姻関係の破綻を理由として、被告との離婚及び二子の親権者を原告と指定することを求め、また、被告に対し、慰謝料として金五〇〇万円の支払を求めた。
これに対し、被告は、本件訴えは、我が国に国際裁判管轄がなく、あるいは、我が国において効力を有する米国確定判決の既判力に抵触するから、不適法であると主張し、仮に本件訴えが適法であるとしても、離婚原因は存在しないと主張して請求棄却の判決を求め、仮に離婚が認められるとしても、二子の親権者を被告と指定することを求めた。
二 争点
1 本件訴えの適法性
(一) 我が国が本件訴えの国際裁判管轄を有するか否か。
(1) 本件離婚の訴えの国際裁判管轄
(2) 本件親権者指定の申立ての国際裁判管轄
(3) 本件慰謝料請求の国際裁判管轄
(二) 米国確定判決の我が国における効力
(1) 米国確定判決中の原被告間の婚姻が終了するとの部分が我が国において効力を有するか否か。
(2) 米国確定判決中の親権者指定に関する部分が我が国において効力を有するか否か。
2 離婚原因の有無
原被告間の婚姻関係が破綻しているか否か。
3 慰謝料請求権の有無
原被告間の婚姻関係は、被告が原告に無断で二子を連れて渡米したことによって破綻したか、それとも、それ以前に、原告の被告らに対する暴行・虐待によって破綻していたか。
三 主張
1 被告の本案前の主張
(一) 国際裁判管轄
(1) 離婚
被告の住所地国及び国籍はアメリカ合衆国である。
被告が渡米したのは、原告の暴行・虐待から被告と二子の身の安全を守るためであって、被告による遺棄の事実はない。
原被告間の婚姻関係が破綻したのは、原告の暴行・虐待が原因であって、原告に責任がある。被告は、右のとおり、従前原告から暴行・虐待を受けており、原告に危害を加えられることを恐れているため、我が国の裁判所に出廷することが困難であるなど我が国に本件訴えの国際裁判管轄が認められると被告の立証活動に支障がある。また、被告は、現在、パートタイマーとして受付係・秘書の仕事をしているが、我が国における訴訟追行は、被告の日本語の能力が不十分であるため翻訳等に莫大な費用と労力を要するなど被告にとって経済的負担が過大である。
他方、原告は、会社の役員をしていて経済的に豊かであって、米国訴訟においても、アメリカ人弁護士を雇って応訴しており、また、昭和五四年から昭和五九年までアメリカで生活した経験を有し英語も堪能であるなど米国訴訟における訴訟追行に法律上又は事実上の障害はなかった。
右の各事実に照らすと、本件離婚の訴えの国際裁判管轄はアメリカ合衆国にあり、我が国にはない。
(2) 親権者の指定
親権者指定の申立ては、離婚の訴えに付随する申立てである。
親権者指定の申立ては、子の福祉の観点から、子の住所地の裁判所において判断されるのが妥当であるが(家事審判規則七〇条、五二条参照)、被告と二子は、平成七年五月一日以前にもしばしば、また、同日以降は現在まで継続してアメリカ合衆国で生活している。
また、二子はアメリカ合衆国の国籍を有している。
右の各事実に照らすと、本件親権者指定の申立ての国際裁判管轄はアメリカ合衆国にあり、我が国にはない。
(3) 慰謝料請求
離婚に伴う慰謝料請求の訴えは、離婚の訴えに付随する訴えであるから、本件慰謝料請求の訴えの国際裁判管轄はアメリカ合衆国にあり、我が国にはない。
(二) 米国確定判決の我が国における効力
米国裁判所は、同裁判所が米国訴訟の管轄を有するとした上で、原被告間の婚姻が終了する旨及び被告に二子の親権が与えられる旨の平成八年八月一二日付けの判決をし、この判決は、アメリカ合衆国オレゴン州最高裁判所(以下「オレゴン州最高裁判所」という。)が、平成一〇年三月二四日、原告の再審申立てを却下することにより、確定した。
そして、米国確定判決は、以下のとおり、民事訴訟法一一八条の要件を満たすので、我が国において、効力を有する。
(1) 前記のとおり、米国訴訟の国際裁判管轄はアメリカ合衆国にある。
(2) 原告は、米国訴訟において、管轄を争っており、応訴した。
(3) 米国確定判決は、我が国の公序良俗に反しない。
(4) 民事訴訟法一一八条四号は、強制執行を伴う財産権上の請求に関する判決にのみ適用され、身分上の請求に関する判決には適用されない。
仮に同条号が身分上の請求に関する判決に適用されるとしても、アメリカ合衆国オレゴン州法においては、同州の裁判所の判決と同種類の我が国の裁判所の判決が同条号所定の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされているので、米国確定判決は同条号の要件を満たす。
したがって、米国確定判決は、我が国において、既判力を有するから、本件訴えは、米国確定判決の既判力に抵触し、訴えの利益がない。
2 被告の本案前の主張に対する原告の主張
(一) 国際裁判管轄
(1) 離婚
被告は、平成七年五月一日、原告に無断で二子を連れて被告肩書住所地の被告の実家に帰ってしまい、原告との婚姻生活を一方的に破棄して原告を遺棄した。
原被告の婚姻生活の本拠地は、原告の肩書住所地である。
被告は、本件において、実体審理についても応訴していて訴訟追行には何らの障害がないのであるから、我が国に国際裁判管轄を認めることが当事者間の公平に反するとはいえない。
したがって、本件離婚の訴えの国際裁判管轄は我が国にある。
(2) 親権者の指定
本件離婚の訴えの国際裁判管轄は我が国にあるが、民法上、裁判所は、離婚判決と同時に親権者の指定をしなければならないこと(民法八一九条二項)及び二子はいずれも日本国籍を有し、渡米するまでは我が国で生育してきたことなどからすると、本件親権者指定の申立ての国際裁判管轄は我が国にある。
このように解さないと、一方的に二子を連れ去った被告が事実上大きな利益を得ることとなり、正義公平に反する。
(3) 慰謝料請求
本件慰謝料請求の訴えは、被告が我が国を出国することによって原告を遺棄した事実を不法行為として主張するものであるから、不法行為地であり義務履行地である我が国に国際裁判管轄がある。
(二) 米国確定判決の我が国における効力
米国確定判決は、以下のとおり、民事訴訟法一一八条の要件を満たさないから、我が国において、効力を有しない。
(1) 前記のとおり、米国訴訟の国際裁判管轄はアメリカ合衆国にはない。
(2) 米国訴訟においては、原告に対する送達が適法に行われなかった。
原告は、米国訴訟に出廷したが、これは、右訴訟の管轄が米国裁判所にはないことを理由として被告の申立ての却下を求めたものであって、応訴したものではない。
(3) 米国確定判決は、米国裁判所に米国訴訟の国際裁判管轄を認め、また、原告と二子の面接交渉や原告が二子をオレゴン州から移動させることを禁止するなど手続的にも内容的にも我が国の公序良俗に反する。
(4) 本件に関し、アメリカ合衆国オレゴン州と我が国との間に相互の保証があるという被告の主張は争う。
3 離婚原因
(一) 原告の主張
(1) 悪意の遺棄
被告は、平成七年五月一日、原告に無断で二子を連れて被告肩書住所地の被告の実家に帰ってしまい、原告を悪意で遺棄した。
(2) 婚姻関係の破綻
被告は、仕事を有していないのに家事をせず、子供を養育する意思を有しておらず、その養育においても暴力的かつ不衛生であり、日本での生活に馴染もうともせず、原告との性交渉には応じない一方で親しい男性がいた。
また、被告は、原告との婚姻生活を一方的に放棄して、アメリカ合衆国で離婚訴訟を提起し、現在では前記男性と同棲している。
右の各事実に照らすと、原被告間の婚姻関係は破綻している。
(二) 被告の答弁及び主張
被告が二子を連れて被告肩書住所地に帰った事実は認めるが、これが悪意の遺棄であるという原告の主張は争う。
原告に被告への思いやり、愛情や円満な婚姻生活を形成する気持ちがなく、被告や二子に暴行・虐待を加えたことや原告の不貞行為が原因で原被告間の婚姻関係は破綻していた。
被告は、右破綻後に、原告の暴行・虐待から被告と二子の身の安全を守るために被告肩書住所地に帰ったのであるから、被告による悪意の遺棄の事実はない。
4 親権者の指定
(一) 原告の主張
被告は、一八歳のとき出産した子供を養子に出しているなど、子供に対する愛情がなく、子供を養育する意思も能力もない。
被告の二子に対する養育は暴力的かつ不衛生であり、二子を虐待していたが、これは、被告自身が子供のときに父親から暴力による虐待を受けた体験を有することが原因と考えられ、被告がこれを繰り返す可能性は大きい。
また、被告は、従来から多くの男性と関係を持ち、現在では別の男性と同棲しているなど二子の生育環境に全く配慮していない。
他方、二子はいずれも日本国籍を有し、渡米するまでは我が国で生育してきたから、二子の意思としても我が国での生活を望んでいると考えられる。
また、原告が二子の養育・監護をするに当たっては、原告の父母や叔母らの援助が期待できる。
したがって、二子の親権者は原告と指定されるべきである。
(二) 被告の主張
原告は、二子に対する愛情がなく、二子に暴行・虐待を繰り返しており、そのため、二子は原告を恐れている。
また、原告には二子を教育する能力がない。
他方、被告は、二子に対する愛情を有しており、二子を教育する能力を有している。
また、二子はいずれも幼少であり、母親である被告と生活する方が望ましく、二子もそれを望んでいる。
これらのことは、被告が平成七年五月に二子とともに渡米してから現在までの四年間以上にわたり、被告の養育によって、二子が順調に生育していることから明らかである。
したがって、二子の親権者は被告と指定されるべきである。
5 慰謝料請求
(一) 原告の主張
原被告間の婚姻関係は、被告の悪意による原告の遺棄又は被告の責めに帰すべき事由によって破綻したものであって、これにより、原告は多大な精神的苦痛を受けた。
原告の右精神的苦痛を慰謝するには、被告に金五〇〇万円の支払を命じるのが相当である。
よって、原告は、被告に対し、慰謝料金五〇〇万円及びこれに対する被告による不法行為の日の後である平成七年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の答弁
否認し争う。
第三判断
一 認定事実
証拠(甲一の一、甲二の一、甲三、甲六、甲八、甲一八、甲二八、乙一の一、二、乙三の一、二、乙五、乙七の一、二、乙一三の一、二、乙一五の一、二、乙一六の一、二、乙一八の一、二、乙二〇の一、二、乙三〇の一、二、乙三一の一、二、乙三六の一、二、乙三八の一、二、乙三九の一、二、乙四〇の一の一ないし二の二、原告本人、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができ、これを左右するに足りる証拠はない。
1 原告は、昭和○年○月○日生まれの日本人男性であり、被告は、○○○○年○月○日生まれのアメリカ人女性である。
原告は、原告の親族で営む有限会社ホリバ化成に勤務していて、平成七年の給与所得は六四五万円であった。現在は同社の社長であり、約六〇〇万円の年収を得ている。原告は、昭和五四年から昭和五九年までアメリカ合衆国ロサンゼルスに滞在したことがあり、相当の英語力を有する。
原告は、昭和六一年一一月一四日、アメリカ人のD(以下「D」という。)と婚姻し、同人との間に、E(昭和○年○月○日生)が出生したが、原告とDは、平成四年八月一七日、離婚した。DとEは、現在アメリカ合衆国サンフランシスコに居住しており、Eは、同所と原告宅を行き来している。
2 原告と被告は、平成四年九月二九日、名古屋市において、婚姻の届出をし、原被告は、名古屋市<以下省略>で婚姻生活を開始した。
3 原被告間に、平成○年○月○日、長男が出生した。
4 原被告は、平成五年六月一一日、原告の肩書住所地(マンションの三階部分)に転居した。右住所地の一階には原告の両親及び妹が居住し、二階には原告の叔母が居住していた。
5 平成五年一〇月、被告が第二子を妊娠していることが判明したが、同年一二月三日、被告は、前置胎盤であるとの診断を受け、出血のおそれがあるため、自宅安静を指示された。
右症状は、平成六年一月二五日、治癒し、安静の指示は解除された。
6 原被告間に、平成○年○月○日、長女が出生した。
7 二子は、、我が国とアメリカ合衆国の両方の国籍を有している。
8 原告は、平成七年四月二九日、同年五月五日までの予定でカナダ等への旅行に出発した。
9 被告は、平成七年五月一日、原告に無断で二子を連れて被告肩書住所地の被告の実家に帰った。
10 被告は、平成七年五月二日、米国裁判所に制限決定の申立てをし、同裁判所は、同日、<1>原告は、被告及び二子に対し、いかなる方法においても虐待・暴行・脅迫行為を行ってはならない、<2>被告に、二子についての仮の親権を与えるなどの内容の制限決定をした。
11 被告は、平成七年五月九日、米国裁判所に、永久別居及び二子の親権者を被告と指定する旨を求める訴訟を提起した。
12 原告は、平成七年六月三日、東京家庭裁判所に離婚調停の申立てをしたが、被告は、同年七月二七日の調停期日に出頭せず、調停不調となった。
13 被告は、平成七年七月、アメリカ合衆国オレゴン州<以下省略>所在のアパートを借り、二子とともに暮らすようになった。
14 原告は、平成七年七月三一日、本件訴訟を提起した。
15 原告は、平成七年一〇月七日、二子を連れ戻すため、原告の雇った探偵F(以下「F」という。)とともに、被告の前記アパート周辺に赴き、監視した。
被告は、原告の右の行為に恐怖感を覚え、いったん肩書住所地の被告の実家に戻ったが、その後前記アパートに戻り、平成九年一月ころまで同所に居住していた。
16 被告は、平成八年二月一日、米国裁判所に、永久別居の訴えを離婚の訴えに変更する旨の申立てをした。
原告の訴訟代理人が特別出廷して米国裁判所は米国訴訟の管轄を有しない旨主張したが、米国裁判所は、同年五月一四日、米国裁判所が管轄を有すること及び被告の右訴えの変更の申立てを認めた。
17 米国裁判所は、同裁判所が米国訴訟の管轄を有するとした上で、原被告間の婚姻が終了する旨及び被告に二子の親権が与えられる旨の平成八年八月一二日付けの判決をした。
なお、米国訴訟において、原告に対する送達は公示送達によって行われた。
18 原告は、平成八年一一月八日、アメリカ合衆国オレゴン州高等裁判所(以下「オレゴン州高等裁判所」という。)に控訴をしたが、同裁判所は、平成九年一二月三日、米国裁判所の判決を肯定する旨の決定をした。
19 原告は、平成一〇年一月二八日、アメリカ合衆国オレゴン州最高裁判所(以下「オレゴン州最高裁判所」という。)に再審の申立てをしたが、同裁判所は、同年三月二四日、右申立てを却下した。
二 我が国が本件訴えの国際裁判管轄を有するか否か
1 本件離婚の訴えについて
(一) 離婚の訴えの国際裁判管轄
離婚の訴えについて我が国が国際裁判管轄を有するか否かを決定するに当たっては、国際裁判管轄に関する法律の定めがなく、国際的慣習法の成熟も十分とは言い難い現状においては、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、被告の住所を基準とすることは、訴訟手続上の正義の要請に合致し条理にかなうから、被告が我が国に住所を有する場合には我が国が国際裁判管轄を有すると解するのが相当である(民事訴訟法四条一項、二項参照。最高裁判所昭和三九年三月二五日大法廷判決民集一八巻三号四八六頁、同平成八年六月二四日第二小法廷判決民集五〇巻七号一四五一頁)。
また、被告が我が国に住所を有しない場合であっても、原告の住所が我が国にあり、原被告の婚姻共同生活地が我が国にあった場合には、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させたなどの当事者間の公平を害する特段の事情のない限り、我が国が国際裁判管轄を有すると解するのが相当である(人事訴訟手続法一条一項参照)。
婚姻共同生活地には、通常、離婚の訴えの審理に必要な証拠の多くが存在するから、裁判の適正・迅速に資するし、応訴を強いられる被告にとっては、不利益があるとしても、婚姻共同生活地は、通常、夫婦の協議によって決定されるものであるから、同地で離婚の裁判を受けることはやむを得ないし、また、同地で生活した経験を有する以上、言語や文化的障害も比較的小さいといえるから、特段の事情のない限り、当事者間の公平に合致し、条理にかなうと解されるからである。以上に加えて、管轄を定める基準は可能な限りあらかじめ明確であることが望ましいところ、原告の住所と婚姻共同生活地を基準とすることは明確であり、当事者の予測可能性を確保しうるものであるといいうる。
ただし、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させた場合は、被告にとって、不利益の大きい婚姻共同生活地で裁判を受けることがやむを得ないとはいえず、当事者間の公平に合致せず、条理にかなうとはいえないから、原告の住所が我が国にあり、原被告の婚姻共同生活地が我が国にあったとしても、我が国は国際裁判管轄を有しないと解するのが相当である。
(二) 我が国が本件離婚の訴えの国際裁判管轄を有するか否か
以上を本件についてみると、前記一2、4、9、13に記載の各事実及び弁論の全趣旨によると、被告は我が国に住所を有しないものの、原告の住所及び原被告の婚姻共同生活地が我が国にあったことが認められる。
そこで、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させたなどの当事者間の公平を害する特段の事情があるか否かについて検討する。
前記一8、9に記載の各事実、甲第三号証、第六号証、乙第一八号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、被告は、原告が平成七年四月二九日から海外旅行に行くことを知り、数日前から、原告の母親らに対し、同年五月一日に友人宅での誕生会があるとの虚偽の理由を述べたうえ、同日、二子を連れて外出し、そのまま被告肩書住所地の被告の実家に帰ったこと、すなわち、被告は、自己の意思に基づいて、我が国を去ったことが認められ、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させたとはいえない。
被告は、我が国が本件離婚の訴えの国際裁判管轄を有するとすると、被告は、原告に危害を加えられることを恐れているため、我が国の裁判所に出廷することが困難であるなど立証活動に支障があり、また、被告の経済的負担が過大であるなどと主張する。
前記一15に記載の事実に照らすと、被告が、原告に危害を加えられることを恐れていることについては、理由のないことではない。しかしながら、被告は、本件について、我が国の弁護士に訴訟代理権を委任しているのであるから、被告自身が我が国の裁判所に出廷を要する可能性があるのは、通常、被告本人尋問の際の一度だけであり、その際に、二子を伴う必要はなく、かつ、仮に原告が被告に危害を加える意思を有していたとしても、相応の配慮をすれば防止できると考えられるから、右の事情があるからといって、我が国の裁判所における立証活動に支障があるとはいえない。また、本件記録によると、被告は、親族等の援助を受けているであろうとは思われるものの、これを前提にすれば、本件において、実質的に、本案についても応訴しうるだけの経済力を有していることが認められる。
右のとおり、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させたなどの当事者間の公平を害する特段の事情は認められない。
したがって、原告の住所地があり、原被告の婚姻共同生活地があった我が国は本件離婚の訴えの国際裁判管轄を有すると解するのが相当である。
2 本件親権者指定の申立てについて
(一) 親権者指定の裁判の国際裁判管轄
我が国の民事訴訟において、親権者指定の申立ては、離婚の訴えに付随するものであって独立の訴えではなく、当然、訴訟当事者も離婚の訴えと同一であり、判断の基礎となる事実関係も離婚の訴えと共通する部分が多いから、法律関係が不安定な状態が生じる(子の住所地の所在する国のみが親権者指定の裁判の国際裁判管轄を有すると解すると、離婚が確定しているのに、親権者が指定されていない状態が生じうる。)のを防止し、当事者間の公平、訴訟経済や当事者の負担(子の住所地の所在する国のみが親権者指定の裁判の国際裁判管轄を有すると解すると、例えば、離婚の当事者である夫婦が各別の国に居住し、子がさらに別の国に居住している場合、当事者の意思にかかわらず、離婚と親権者指定の二度の訴訟追行を要することとなる。)を考慮すると、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国は親権者指定の裁判の国際裁判管轄も有すると解することは合理的であり、条理にかなうというべきである。
他方、我が国において、親権者指定に関する審判事件は、子の福祉の観点から、子の住所地の家庭裁判所の管轄とされており(家事審判規則七〇条、五二条)、この趣旨からすると、親権者指定の裁判の国際裁判管轄は、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国のみならず、子の住所地の所在する国も有すると解することができる。
このように、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国とともに子の住所地の所在する国にも親権者指定の裁判の国際裁判管轄を認めると、ある国で離婚の訴えとともに親権者指定の申立てが提起され、他の国で親権者指定の裁判が提起されることがありうるが、これは、訴訟経済に反するし、離婚が確定していないのに親権者が指定されるという法律関係が錯綜した状態を生じうる。また、子を配偶者に無断で本国に連れ帰って親権者指定の裁判を提起した場合、常に国際裁判管轄が認められることになって、当事者間の公平を害するようにも思われる。さらに、我が国における離婚の訴え及び親権者指定の申立てに対する判決に先んじて他国において親権者指定の裁判が確定し、これが我が国において効力を有するとされることは、我が国において、離婚の訴えの判決主文で親権者の指定をしなければならないとされていること(民法八一九条二項、人事訴訟手続法一五条五項、三項)と整合しないようにも思われる。
しかしながら、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国とともに子の住所地の所在する国にも親権者指定の裁判の国際裁判管轄を認めるとしても、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国に親権者指定の申立ても合わせて(我が国では当然に)提起された場合、当事者の負担を考慮すると、通常は、相手方もこれに応じるものと考えられるから、訴訟経済に反したり、法律関係が錯綜した状態が生じることはさほど多くないと解される。子と同居している配偶者が、相手方が居住する国にのみ離婚の訴えの国際裁判管轄が認められる場合に、二重の訴訟追行を厭わず、自己の住所地の所在する国に親権者指定の裁判を提起した場合には、訴訟経済に反することとなり、また、応訴を強制される相手方にとっては不利益であるが、このような場合には、子の福祉を訴訟経済や相手方の不利益に優先させるべきである。また、この場合、子の住所地の所在する国の裁判所の親権者指定の判決が先に確定すると、離婚が確定していないのに親権者が指定されるという事態になり、一時法律関係が錯綜した伏態になることは否定できない。しかし、右確定判決が離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国で効力を有する可能性があり、子の福祉の観点からは、むしろ望ましいというべきである。子を配偶者に無断で本国に連れ帰って親権者指定の裁判を提起した場合、常に国際裁判管轄が認められることにはなるが、離婚の訴えの国際裁判管轄までも認められるわけではなく、離婚の訴えについては相手方の住所地において提起ないし応訴せざるをえないから、当事者間の公平が害されることにもならない。我が国における離婚の訴え及び親権者指定の申立てに対する判決に先んじて他国において親権者指定の裁判が確定し、これが我が国において効力を有する場合には、我が国の離婚の訴えの判決主文においては、親権者指定の判断をしないものと解すれば足りる(民法八一九条二項、人事訴訟手続法一五条五項、三項は、離婚の訴えに付随する親権者指定の申立てが適法な場合に適用されるものであって、不適法な場合にまで適用されると解する必要はない。なお、この場合、判決主文において、親権者指定の申立てを却下すべきものと解する余地もあるが、我が国の民事訴訟において、親権者の指定は職権による判断事項であって、当事者の申立ては裁判所の職権発動を促すものにすぎないから、主文において、却下の判決をすべきものではないと解する。)。本件のように、離婚自体については実質的に当事者間に争いがなく、親権者の指定が争いの中心である場合には、とりわけ、子の福祉の観点を重視すべきである。
以上に述べたところからすると、親権者指定の裁判の国際裁判管轄は、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国及び子の住所地の所在する国が有すると解するのが相当である。
(二) 我が国が本件親権者指定の申立ての国際裁判管轄を有するか否か
本件においては、前記のとおり、我が国は、本件離婚の訴えの国際裁判管轄を有するから、本件親権者指定の申立ての国際裁判管轄も有するというべきである。
3 本件慰謝料請求について
離婚に伴う慰謝料請求の国際裁判管轄については、その原因となる事実が離婚原因と同一であるか、そうでなくとも重なる部分が多いから、離婚の訴えの国際裁判管轄に従うべきであるし、また、本件においては、不法行為地(民事訴訟法五条九号)が我が国であることが明らかであるから、我が国が本件慰謝料請求の国際裁判管轄を有すると解するのが相当である。
三 米国確定判決の我が国における効力
1 基本的視点
我が国の国際民事訴訟法の原則から見て、米国裁判所が米国訴訟について国際裁判管轄を有するか否かについて検討する。
国際裁判管轄と外国判決が我が国において効力を有する要件としての裁判権(民事訴訟法一一八条一号)との関係については、後者を前者よりも緩和された基準によると解する余地がないわけではないが、その基準が明確ではないから採用できず、両者は同一の基準によるものと解するのが相当である(以下、本項においては、米国訴訟を基準とするため、米国訴訟の原告すなわち本件被告を「原告(本件被告)」といい、米国訴訟の被告すなわち本件原告を「被告(本件原告)」という。)。
2 米国確定判決中の原被告間の婚姻が終了するとの部分について
前記のとおり、離婚の訴えの国際裁判管轄は、被告の住所地の所在する国が有するが、原告の住所があり、原被告の婚姻共同生活地があった国も、原告が被告を婚姻共同生活地から強制的に退去させたなどの当事者間の公平を害する特段の事情のない限り、国際裁判管轄を有すると解するのが相当である(人事訴訟手続法一条一項参照)。
これを米国訴訟についてみると、被告(本件原告)の住所はアメリカ合衆国オレゴン州にはなく、また、原被告の婚姻共同生活地もオレゴン州にはなかった。
したがって、米国裁判所は、米国確定判決中の原被告間の婚姻が終了するとの部分の国際裁判管轄を有しないというべきである。
なお、乙第三〇号証、第三六号証及び第三九号証の各一、二によると、米国裁判所及びオレゴン州高等裁判所は、原告及び二子がオレゴン州と重要な関連性を有し、また、二子の養育に関する多くの証拠がオレゴン州で収集可能であることなどを理由として、すなわち、主として二子の親権者指定の申立てを審理判断するにふさわしいという観点から、米国裁判所が米国訴訟の国際裁判管轄を有すると判断したもののようであり、オレゴン州最高裁判所も右判断を是認したことが認められる。
しかしながら、我が国の民事訴訟において、親権者指定の申立ては、離婚の訴えに付随するものであって独立の訴えではないから、現行法体系の下においては、親権者指定の申立ての国際裁判管轄を先決し、これに離婚の訴えの国際裁判管轄を従わせることはできないといわざるをえない。また、子を配偶者に無断で本国に連れ帰って離婚及び親権者指定の裁判を提起した場合、広く国際裁判管轄が認められることになるが、これが常に条理にかなうとは解されない。
以上によれば、米国確定判決中の原被告間の婚姻が終了するとの部分は、民事訴訟法一一八条一号の要件を満たさないから、その余の点について判断するまでもなく、我が国において、効力を有しないというべきである。
3 米国確定判決中の親権者指定に関する部分について
(一) 前記のとおり、親権者指定の裁判の国際裁判管轄は、離婚の訴えの国際裁判管轄を有する国及び子の住所地の所在する国が有すると解するのが相当である。
そして、前記一9、13に記載の各事実及び弁論の全趣旨によると、二子がアメリカ合衆国オレゴン州に住所を有することが認められる。
したがって、米国裁判所は、米国確定判決中の親権者指定に関する部分の国際裁判管轄を有すると解するのが相当であり、米国確定判決は民事訴訟法一一八条一号の要件を満たす。
(二) 民事訴訟法一一八条二号にいう応訴には、管轄違いの主張をしたことも含まれると解されるところ、前記一16に記載のとおり、被告(本件原告)の訴訟代理人が米国訴訟に出廷して管轄違いの主張をしたことが認められるから、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は同条号の要件を満たす。
(三) 被告(本件原告)は、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は、被告(本件原告)と二子の面接交渉や被告(本件原告)が二子をオレゴン州から移動させることを禁止しており、我が国の公序良俗に反すると主張する。
しかしながら、我が国の民法七六六条は、子の福祉の観点から、子の監護について必要な事項について、当事者間の協議が調わないときなどには、家庭裁判所がこれを定める旨規定しているのであって、この趣旨からすれば、子の福祉の観点から、面接交渉や子の移動を禁止することが我が国の公序良俗に反するとはいえず、ほかに、米国確定判決中の親権者指定に関する部分が我が国の公序良俗に反することを窺わせる事実はない。
したがって、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は、民事訴訟法一一八条三号の要件を満たす。
(四) 民事訴訟法一一八条四号は、財産上の請求に関する判決のみならず、身分上の請求に関する判決にも適用されるものと解すべきところ、乙第四九号証の一、二、第五〇号証の一の一、二、同号証の二の一、二によると、アメリカ合衆国オレゴン州法においては、我が国において親権者指定に関する適正な機関である我が国の裁判所がした親権者指定の裁判は、我が国の裁判所がオレゴン州改定法の規定に実質的に従った管轄を有し、かつ、すべての関係当事者に相当な通知及び審問の機会が与えられていたなどの要件を満たしている場合において、オレゴン州の巡回裁判所の書記官の事務所で登録されたときは、オレゴン州の巡回裁判所の判決と同様の効力を有することが認められ、我が国の裁判所がした親権者指定の裁判が民事訴訟法一一八条各号所定の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされていると解されるから、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は、同条号の要件を満たす。
(五) 以上によれば、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は、民事訴訟法一一八条各号の要件を満たすから、我が国において、効力を有するものと解するのが相当である。
したがって、本件親権者指定の申立ては、米国確定判決の効力に抵触するから、不適法である(なお、米国確定判決中の親権者指定に関する部分が我が国において効力を有することを前提にした場合、本件親権者指定の申立ては、実質的には、米国確定判決後の事情をも考慮した親権者変更の申立てであると解する余地がないわけではないが、仮にこのように解したとしても、我が国において、地方裁判所は親権者変更の申立ての管轄を有しないから〔民法八一九条六項〕、本件親権者指定の申立ては不適法である。)。
右のとおりであるから、本件判決主文においては、本件親権者指定の申立てに対する言渡しはしないこととする。
四 本件訴えの適法性
前記のとおり、本件離婚の訴えの国際裁判管轄は我が国にあり、かつ、米国確定判決中の原被告間の婚姻が終了するとの部分は我が国において効力を有しない。
したがって、本件離婚の訴えは適法である。
他方、米国確定判決中の親権者指定に関する部分は我が国において効力を有し、本件親権者指定の申立ては米国確定判決の効力に抵触するから、不適法である。
また、前記のとおり、本件慰謝料請求の国際裁判管轄は我が国にあり、かつ、米国確定判決は本件離婚に伴う慰謝料請求に関する判断を含まないから、そもそも、本件慰謝料請求については、米国確定判決の我が国における効力を問題にする余地がない。
したがって、本件慰謝料請求は適法である。
五 離婚
本件離婚の準拠法は、原告が日本に常居所を有する日本人であるから、法例一六条により、日本国民法である。
前記一9、11、13、14、16ないし19に記載の各事実及び弁論の全趣旨によると、原被告間の婚姻関係は完全に破綻しているものといわざるを得ない。
なお、甲第二〇号証、乙第一号証及び第三五号証の各一、二によると、被告が渡米した後の平成七年七月ころ、被告は、原告に対し、原被告間の婚姻関係を継続することを前提にするようにも解される同意書を送付しており、いったんはそのような意思を有していた可能性があるが、原告がこれに署名せず、その後、前記一15に記載の事実が発生したことなどにより、原被告間の婚姻関係は完全に修復不可能になったものと認められる。
よって、原告の本件離婚請求は理由がある。
六 慰謝料請求
1 準拠法
本件慰謝料請求の準拠法は、離婚に伴う財産的給付の一環をなすもので離婚の効力に関するものであり離婚の準拠法に従うものとして法例一六条により、あるいは、不法行為の原因たる事実が発生したのは我が国であるから法例一一条一項により、日本国民法である。
2 被告による遺棄
前記一9に記載のとおり、被告は、原告が海外旅行中であった平成七年五月一日、被告に無断で二子を連れて被告肩書住所地の被告の実家に帰った事実が認められ、被告の右の行為によって、原被告間の婚姻関係が修復不可能になったものと認められる。
そうすると、原被告間の婚姻関係は、最終的には被告の右の行為を原因として破綻したものといえるが、被告は、原被告間の婚姻関係が破綻した後に、原告の暴行・虐待から被告と二子の身の安全を守るためにやむなく被告肩書住所地に帰ったと主張するので、被告が右の行為に至った経緯や原因について検討する。
3 原告による暴行・虐待の事実の有無
(一) 甲第三号証、乙第一号証の一、二、第二号証及び原告本人尋問の結果によると、平成五年三月二〇日ころ、原被告が宿泊していたサンフランシスコのホテルにおいて、被告が顔面に傷害を負った事実が認められる。
この点について、原告は、二人で飲酒してホテルに戻った後、被告が狂ったように泣きわめき、周りにある物を原告に投げつけるなどして暴れたため、これを制止しようとしてもみ合いになった際に傷害が生じたにすぎないから原告に責任はなく、また、被告が半狂乱になった原因は被告の酒癖にあると供述する(甲三、原告本人)。
たしかに、甲第三号証、乙第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、飲酒してホテルに戻った後、被告が、長男と離れていたため寂しく神経質になって泣いた事実は認められる。
しかしながら、被告が、理由もなく半狂乱になるような酒癖を有していたことを認めるに足りる的確な証拠はない(甲一六の一、二は、客観的な裏付けがないうえ、反対尋問を経ていないから、容易に採用できない。)。
また、乙第三号証及び第五一号証の各一、二によると、被告の体格は、身長五フィート八インチ(約一七三センチメートル)、体重一三〇ないし一四〇ポンド(約五九ないし六四キログラム)であり、原告の体格は、身長五フィート六インチ(約一六八センチメートル)、体重一五五ポンド(約七〇キログラム)であって、身長においては、被告が原告を約五センチメートル上回っているものの、体重においては、原告が被告を約一〇キログラム上回っていることが認められ、両者の性別及び体格を前提にすると、原告が取り乱した被告を制止する必要がある場合、被告の手足を取り押さえることで十分であり、特に女性である被告の顔面を数度に渡って殴打する必要はないと考えられるところ、乙第二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は右利きであること、被告の顔面の傷害は、左前額部、左瞼部、左頬部、左唇部から左顎部にかけてといずれも被告の顔面の左側の少なくとも四か所に殴打等によるものと思われる裂傷、擦過傷ないし発赤があり、その程度も相当のものであることが認められる。また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、乙第二号証の写真を撮影したのは被告であると推認され、女性である被告が相当の傷害を負った自己の顔面の写真を撮影したのは、原告による暴行の証拠を残すためであったと考えるのが合理的である。
以上に述べたところによると、飲酒によって半狂乱になった原告を制止しようとしたにすぎないという原告の供述は採用することができない。
被告の傷害発生の経緯に関する被告の宣誓供述書(乙一の一、二)の記載内容は、原告の前記供述と比較すると、客観的証拠である乙第二号証と相対的によく符合しているから、大筋において信用することができるというべきであり、被告の傷害は、原告の被告に対する数度にわたる一方的かつ相当強度の殴打行為によるものと認めるのが相当である。
(二) 甲第三号証、乙第一号証の一、二、第四号証及び原告本人尋問の結果によると、平成六年一月二二日、被告が、缶コーヒーで原告の額部を殴打したのに対し、原告が被告の顔面を手拳で殴打し、被告の歯二本が折れた事実が認められる。
そして、右各証拠によっても、それ以前の経緯については、必ずしも明らかではない。
しかしながら、缶コーヒーで額部を殴打する行為は相当激しい暴行であるところ、被告が、原告に対し、自ら積極的に暴行を加えたという事実は、原告の供述や陳述書等の全体を見渡しても、この部分だけであって、(前記(一)に記載した半狂乱になって物を投げつけたという部分はあるが、この部分が採用できないのは前記のとおりである。)、いささか唐突かつ不自然な感がある。
そして、前記(一)で認定した原告の被告に対する一方的な暴行の事実から推認される原被告の関係をも合わせ考えると、むしろ、被告が缶コーヒーで原告の額部を殴打する以前に、原告が、被告に対し、ガラス製の灰皿を投げつけ、さらに、足蹴にしたため、これに対抗する形で、被告が缶コーヒーで原告の額部を殴打したという被告の宣誓供述書(乙一の一、二)の記載内容の方が自然であり、信用性が高いというべきである。
そうすると、原告の暴行から端を発し、最終的に、原告が、被告の顔面を手拳で殴打し、被告の歯二本が折れたという事実経過であったと認めるのが相当である。
そして、原告の右暴行はそれ自体相当強度のものであるが、前記一5に記載の事実、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告は当時妊娠五か月であり、また、前置胎盤で出血のおそれがあるため、自宅安静を指示されている状態であり、かつ、そのことを原告は知っていたものと推認される(これに反する原告の供述は採用できない。)から、右暴行が被告や胎児に及ぼしうる悪影響は大きく、その悪質性も高いといわざるをえない(前記一5に記載のとおり、被告の右症状は、平成六年一月二五日、治癒し、安静の指示が解除されたが、これは結果論にすぎず、右判断を左右するものではない。)。
(三) 被告は、原告が、カナダ等への旅行に行く前の平成七年四月二七日ころ、長男が咳をしたことなどに立腹し、長男の顔面を殴打したと主張し、被告の宣誓供述書(乙一の一、二)にはこれに沿う記載がある。
この点について、原告は否定するが、乙第一号証の一、二及び原告本人尋問の結果によると、原告がカナダ等への旅行から帰宅して被告の実家に電話をした際、被告の母親が、原告に対し、長男を殴打したことについて叱責したことが認められる。そして、被告の母親であるGの陳述書(乙二四の一、二)には、長男が、被告とともに渡米した際、原告が長男を殴打したと述べ、殴打された頬の部分を指摘したとの記載があり、被告の母親は、右の事実を前提に、原告を叱責したものと推認され、また、被告の宣誓供述書(乙一の一、二)には、被告の母親が、原告に対し、なぜ二歳の子供の顔面を殴ることができるのかと叱責したところ、原告が殴打した事実を認める趣旨の返答をした旨の記載がある。Gの陳述書は、陳述者が被告の母親であり、また、反対尋問を経ていないから、容易に採用することはできないが、右の各記載に弁論の全趣旨を総合すると、長男が、原告が長男を殴打したと述べ、殴打された頬の部分を指摘したとの部分に関する限り、乙第一号証、第三一号証の各一、二の記載とあいまって、その信用性を肯定することができるものというべきである。
以上によれば、原告が、平成七年四月二七日ころ、長男が咳をしたことなどに立腹し、長男の顔面を殴打した事実を認めることができる。
(四) 被告の宣誓供述書(乙一の一、二)には、前記(一)ないし(三)で認定した各事実のほか、原告による暴行の事実だけでも、平成五年夏ころ、Eあるいは被告を殴打したこと、同じころ、DがEを連れて帰国した後、被告の喉元をつかんだこと、同年一二月ころ、被告の髪をつかみ被告が嘔吐した便器の中に被告の頭を突っ込んだこと、クリスマスツリーで被告を殴打したこと、被告にテレビを投げつけたこと、ハンマーを持って被告を追いかけ回したうえ、戸外に閉め出したこと、平成六年春ころ、エアライフル銃で長男の顔面を撃ち、弾が長男の目の下に当たったこと、同年八月のメキシコ旅行の際、被告及び二子をホテルから三キロメートル離れた地点に置き去りにしたこと、同年秋ころ、長女の口の中にティッシュペーパーを詰め込んだこと、同年冬ころ、ニ子を床の上に蹴り転がしたこと、平成七年四月下旬、被告の足に灰皿を投げつけ、被告を殴打しようとしたことなどが記載されている。
右の各事実は、被告の宣誓供述書(乙一の一、二)のほかには、これを直接裏付ける証拠がなく、また、誇張されているのではないかと思われるものもあって、各事実を具体的に確定することはできないが、乙第一七号証の一、二及び前記(一)ないし(三)で認定した各事実に弁論の全趣旨を総合して推認される原告の性質や原告と被告らとの関係からすると、右の各事実又はこれに類する事実の存在をすべて否定することはできない。
以上に述べたところによると、原告は、被告らに対し、遅くとも平成五年三月以降、相当の程度・回数の暴行・虐待に及んだものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
4 被告の不貞行為
原告は、被告は、原告と同居していたときから、原告との性交渉には応じない一方で別の男性と不貞を働き、現在では右男性と同棲していると主張する。被告の右不貞行為が被告の渡米の原因となった可能性もあるから、以下、この点について、検討する。
甲第一号証の一、第三号証、第七号証、乙第一八号証の一、二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告が、平成六年一二月に三日間、長男とともにロサンゼルスに赴いて友人であるH宅に滞在し、また、六年以上前から知り合いであったI(以下「I」という。)に会ったこと、その後平成七年五月に渡米するまでの間、Iに多数回電話をしたこと及び渡米した後まもなく、Iに会ったことが認められる(なお、F作成の報告書[甲一五の一、二]には、平成七年九月の時点において、被告がIと親密な交際をしていることを窺わせる事実が記載されているが、右報告書には写真等の客観的資料が添付されていないだけでなく、反対尋問を経ておらず、また、右報告書の作成日付は平成八年四月一〇日となっているが、前記一15に記載のとおり、Fと原告は、平成七年一〇月七日に会っており、その際、Fは原告に右報告書記載の事実を報告できたはずであって、あらためて平成八年四月一〇日付けの報告書を作成する必要はないと考えられることなど不自然な点も見受けられるから、右報告書に記載の事実は容易に採用できない。)。
右に認定した各事実によると、被告とIが交際していたことが認められ、両者の間で性的関係があった可能性を否定することはできないが、他方、被告が渡米した後、Iと同棲したことを認めるに足りる証拠はない。
5 原被告間の婚姻関係破綻の原因 前記のとおり、原告は、被告らに対し、遅くとも平成五年三月以降、暴行・虐待に及んだのに対し、被告が、原告と婚姻後、最初にIに会ったのは平成六年一二月のことであること、原告の暴行・虐待は、相当の程度・回数に及んだと推認されること、被告が渡米した後、Iと同棲した事実は認められないことからすると、被告とIとの交際が被告が渡米した主たる原因であったと認めることはできず、原告の暴行・虐待によって、原被告間の婚姻関係は破綻しており、その後、被告は、原告の暴行・虐待から被告と二子の身の安全を守るため、渡米したものと認めるのが相当である。
以上に述べたとおり、原被告間の婚姻関係破綻の原因は、原告の被告らに対する暴行・虐待にあると認めるのが相当であるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、本件慰謝料請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、原告の本件離婚の訴えは適法であり、かつ、理由があるから認容することとし、本件親権者指定の申立ては不適法であるから主文において言渡しをしないこととし、本件慰謝料請求は適法であるが、理由がないから棄却することとして、主文のとおり、判決する。
(裁判官 中園浩一郎)